一日一善

たまにだけどエホバの証人の人が我が家を訪れます。
そういう時私はなるべく話を聞くようにしている。

その人たちはたいてい帰り際にものみの塔という雑誌を「読んでみてね。」って感じでくれるんだけど、もらった時はよし読むぞ。と思っても最近はチラッと見るだけになってる。

随分前にもらった時にじっくり読んで「なかなか良いことを書いてあるな」と思ったので読もうとは思うんだけどついついもっとしたいことをしてると忘れちゃうんだよね。

エホバの証人の人が家に来ても、なかなか話を聞いてあげる人っていないんじゃないかな?と思っていたらいました。私のほかにも。

その人はとても温和で、そこまでしなくってもってくらい親切な人。
何かやってるな。とは思っていたけれど、エホバの証人の話をまじめに聞いていくらかといりれていたんだね、きっと。

ところで私がエホバの証人の話を聞くのには2つの理由があって、一つ目はモチロン自分のためになりそうな話だから。
正直言うとエホバの証人のことは良く知らないんだけど、来る人来る人感じが良さそうだし、話も対外向けにかどうかは知らないけれど分かりやすくって。とてもいい。まあ、私の考えとは明らかに違うなってところもあるけれど、別に話を聞く分には強制させられることもないしね。

もう1つは実は私も中学くらいから他の宗教に入っていて、中学の時夏休みなんかに似たような感じで知らない家に訪問して行った事があるから。(たしかその宗教が出した新聞を無料でも、気持ちでもいいので読んでもらえませんか?といって回っていたと思う。今はもうそんな修行みたいなことはだれもしていません。きっと反響がなかったんだろうね。それとも時代の流れかな?私の時よりも昔はもっとあったと思うからね。)

今思えばまるで修行って感じだけど、たまにやさしくしてもらえると、すッごく嬉しかったのよ。それで、一日一善。話を聞いてあげるとエホバの証人の人も喜ぶかなって思って。(ただ私の場合は一応違う宗教に入っていてそっちのほうが良さそうだと思っているから、話を聞く以上のことはしないんだけど・・・。)

中学の時家々を回っている中にたまたまエホバの証人の家があって、その人の話がとても印象的だった。
たしかその人は「信じている宗教があるから私はあなたの新聞を読んではあげられないけれど、あなたはなたなの思いがあるだろうから、暑くてもがんばってね。」といった内容の話をしてくれたと思う。

夏の暑い中、なかなか玄関さえあけてもらえなかったのが続いていた時に、中学生だった私の話を真摯に聞いてくれたのがエホバの証人の人だった。それで「エホバの証人」と言う宗教の名前を覚えたのでした。

もしも他の宗教の話を聞くことを禁止していない宗教に入ってるなら、たまには違う宗教の人たちの話を聞くのもいいものだと思う。
私は偶然なんてことは世の中にはないと思っている。